
一昨日は随分と久しぶりに残業というものをして、脳みそが沸騰していた。
まるで頭が回らない。
悲しいかな長年の社畜根性が染みついているので、仕事中はまったく感じなかった疲れが家に着いた途端に押し寄せてきた。
あの頃はそんなことすらなかったのに。
行きも帰りも、お風呂の中も布団の中も、ほとんどずっと仕事のことを考えていた。
うれしいことがあって久々に何か書こうかと思ったけれど、もう随分長いこと心を止めているので、まるで何も思いつかない。
しばらく前に思うところがあったのだけれど、あれはまだ何もまとまっていないし、そもそも私は自分のことを伝えるのが苦手なのだ。
仕方がないので、とりあえず過去の駄文を読み返してみる。
あまりに身のない内容だったけれど、話のテンポが自分に合っていて(当たり前)、読みながらニヤリとしてしまった。
もともと文章を書くのが得意だった訳ではない。
仕事で必要に迫られ見よう見まねで書き始めた私の文章は、間違いなく当時一緒に仕事をしていたふたりの影響でできている。
ひとりはクマのようにずんぐりむっくりな元ライター。
語り出したら止まらない。でも、彼の話を止めてはいけない。数回仕事をするうちにそう学んだ。何時間も聞いて語って、妄想を軌道修正しながら着地点を探す。仕事が詰まっているとまどろっこしく感じてしまうその作業を怠ってはならない。
少し斜めから見るようなモノゴトの捉え方、切り口の見付け方、それから妄想を膨らませて膨らませて旅をする、そんな文章の書き方は彼に教わった。
もうひとりは文章にうるさいデザイナー。
彼はあの場所にしては珍しく、指示だけこなすオペレーターではなかった。キャッチコピーをつけるのは彼の方がうまかったし、企画書の構成も何度も直された。オーバーフローした文章を彼が削ると、内容がぎゅっと濃くなった。
あの頃のライティングは彼との戦いだった。彼にいいと言わせるのもダメ出しをされるのも楽しかった。
文章の取捨選択の仕方、最初と最後の大切さ、それから構成をガラッと変えて書き直す勇気も彼に教わった。
とにかく言いたいことが多い3人だった。
そういえば、あの頃よく言われたのは「想いが溢れすぎてる」だった。
あの熱量はどこへ行ったのだろう。
そうやって3人でよく話していた頃、デヴィッド・ボウイがこの世を去った。
そのことを口にしたら、クマさんライターが言った。
——美しいものが好きなんだね
伝えなくても伝わるものがあると、信じていたい。
あの頃からずっと、私のデスクトップはボウイのままだ。
