
石畳の坂道とくすんだパルテルカラーの街並み。
入り組んだ迷路のような小道の奥には洗濯物がはためき、そんな風景を追いかけて少し油断するともうあっという間に迷子だ。
ポルトガルの首都リスボン。
なかでも特に古きよき下町の風情を残すアルファマ地区の坂道を、どこを目指すでもなく歩いていた。
こういうときは大抵日頃の運動不足が仇になる。ものの数分歩いただけで息が切れ始めるものだから、いい加減運動もしなければ…などと思いはじめた頃に、少しひらけた場所に出た。
サンタ・ルジア展望台。
アズレージョで飾られた低い壁に腰掛けたり、あぐらをかいたり、誰もが思い思いの座り方でくつろいでいる。巨大なバックパックを足元に置いた旅人や、手ぶらでビールを傾ける若者。
その視線はみなばらばらで、展望台というのは少し名ばかりに思えるほど。
先客の隙間を縫って壁の向こうに乗り出してみる。
広がるのは山肌に沿った段々屋根の家並みとテージョ川の眺め。
川とは思えないほど幅広なテージョ川にはタンカーが浮かび、あまりの壮大さゆえ動いているのかどうかすら分からない。
東京育ちにとっては水平線が見えるというだけで、なんだかすごいところへ来たと思うに充分なのだ。
そんなことを考えていたら、潮風が頰を撫でた。
あぁ、みんなこの風を待っているんだ。
よく「人生の岐路」とはいうけれど、ここに立ったときはまさか自分がそんなものに直面するなんて思いもしていなかった。
ただの青い空と地平線、それから大海へと漕ぎ出すタンカー。
それだけの景色。
それでも、視界いっぱいに広がる水平線と空の広さに、なぜだかしばらく立ち尽くしたのを覚えている。
はじめての岐路は12年勤めた会社の退職。
それでもあのときは大した緊張感もなく、なんだか軽い気持ちでコトを決めた。
もちろんそこから私の人生は大きく変わりはじめるのだけれど。
2度目の岐路はほんの数日前。
新しい会社から舞い込んだオファー。
きっとこの決断で私の人生はまた大きく変わる。
と、なんだかんだやっていたら1ヶ月も経っていた。
よく分からない勢いで周りだけが動いていく。
私の気持ちは全然違うところで、ひとりふよふよと漂っている。
——なんか
本人を置き去りにして
周りの流れが大きくなってませんか?
そう言われるほどに。
その流れに流されるべきなのか、流されないように踏ん張るべきなのか。
まだ判断がつかないでいた。
そんな私をよそに、決断を迫る“大人たち”。
いつまでもふらふらしてどうするんだ、とひどく真っ当なことを問いかける。
それでも、こう言う人がいる。
——なんか
もったいないなーって思います。
こんだけ必要とされてるのに、
狭い籠の中で飼われようとしてるじゃないですか。
そして最終的には、これ。
——自分がどーしたいかですね。
漕ぎ出せ。
